Interview
あなたからあなたに
Vol.03後藤裕一
ikawには、フィリピン語で“あなた”という意味があります。肌はあなた自身であり、あなただけのこと。あなたがあなたの味方でいること。あなたがあなたに寄り添ってあげること。
「あなたからあなたに」は、そんなブランド名に込められた“あなた”の物語を聞いてゆくインタビューコンテンツです。
第三回は、パティシエとして「PATH」「Equal」で活躍する傍ら、パティスリー専門のコンサルタントとして新しい働き方の可能性を発信する後藤裕一さんが登場。洗練されたセンスと日本とフランスで長年培ってこられた職人気質を掛け合わせて、唯一無二のスタイルを築いている彼が「わたしらしく」いるために大事にしていることや、心地よく感じる時間について教えてもらいました。
———まずはじめに、パティシエというお仕事を始められた経緯を教えてください。
大学生の時に、のちに就職することになる「オテル・ドゥ・ミクニ」というフレンチレストランの支店でアルバイトをしたことがきっかけでした。その頃は、メイクやデザインの仕事にも興味があって、就職活動をするか専門学校に進学するか迷っていました。手で何かを作る仕事に惹かれていたんだと思います。
———もともとお料理やお菓子に興味があったのですか?
それまではあまりなかったですね。職人仕事と言われる業界に関心はあったのですが、普通のサラリーマンの家庭で育ったこともあり、そういった職業は特別な人がなることのできるものだと半ば諦めていました。大学四年生の時に研修に参加して、行ってみたら想像以上に厳しかった。でも、その現場の熱量が僕にとってはとても刺激的で、「ケーキを作る仕事っていいな」「職人仕事を僕がやってもいいんだ」と思えたことが決心につながった気がします。
———では、実際にパティシエとして働きだしてからの日々はどのようなものだったのでしょうか?
大学を卒業してそのまま「オテル・ドゥ・ミクニ」に就職し、四谷の本店で3年ほど働いたのちに広島の店舗のシェフパティシエとして声をかけていただきました。本来この仕事は下積み期間がもっと長いと思うのですが、ちょうど僕が入ってすぐに先輩が独立をしたりとさまざまな機会が重なって、手探り状態のままでしたが新メニューの試作やプレゼンなど厨房以外の仕事も覚えていきました。その後、フランスに本店を構える新宿「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」へ。30歳の時にフランスの本店に移動になり、渡仏しました。ありがたいことに、それまで責任者を務めることが多く、改めて誰かの元でフランス菓子をしっかり学びたいと願ってフランスへ行ったのですが、なんと向こうでも3ヶ月後にはシェフパティシエに任命していただいて(笑)。
———すごいですね!では、フランスでもシェフとして忙しい日々を過ごされたのですか?
レストランのデセールを中心に朝食や生菓子まで満遍なくやらせてもらいましたね。フランスはバカンスも長いので、その期間は知り合いのつてでパン屋さんへ研修に行かせてもらいました。
———日本とは異なるリズムだからこそ、自ら学べる場所を探してゆかれたのですね。
日本では仕事=労働という考えがありますが、向こうはみんな好きだからやっているという感覚が強いと思います。例えば、休日にみんなでBBQをするとなったら、お手製のパンに近所の美味しいお肉屋さんで買ったソーセージを乗せて食べようとか、プライベートも仕事もめんどくさがらない。自然体にその場を楽しむことの素晴らしさを学びましたね。
———「Equal」をこの西原という場所に出したのも、誰かの日常に馴染んで欲しいという想いからですか?
ここは商店街の中にあるのがいいなと思って決めました。街の大福屋さんみたいな存在を目指したかったんです。フランス菓子のパティスリーって、ハレの日のイメージが多いじゃないですか。和菓子にはメジャーなお店でデパートに入っているようなハレの日のお店だけではなく、街の小さなお団子屋さんとか大福屋さんみたいなケの日のお店も多くある。そういう形態のお店がフレンチパティスリーにもあっていいんじゃないかなって思ったんです。スタッフも少人数で、コンパクトなショーケースの中にはいつでも食べたくなるお菓子が並んでいるような…。
———ショーケースの中には、ジュエリーのように綺麗な選りすぐりのケーキたちが並んでいますよね。「Equal」という店名の由来についても教えていただけますか?
内装のイメージはそれこそジュエリーショップ。でも、ただのジュエリーショップではなくて、店の奥の工房では職人さんが手作りでジュエリーを作っているような、職人肌のジュエリーショップをイメージしています。店名の由来は、仕事することと生きることを同じ目線にしたいとか、お客様と働き手が対等な関係という意味をこめてこの名前にしました。
———一貫して考えてこられたことがお店に込められているんですね。現在、パティスリー専門のコンサルティングもされていますが、始められたきっかけはなんでしょうか?
日本で飲食業は長時間労働や低賃金、休みがないのも当たり前という風潮があるので、少しずつ変えていきたいと思ったのがきっかけです。僕が外に出て仕事をすることで稼げるものがあるなら、その分お店に還元できるし、僕自身も普段見れないものを見ることで勉強になる。そういう想いで今は両輪でやっています。
———お仕事においてのインスピレーションはどういったところから来るのですか?
僕はクラシックなテクニックを目線を変えてアレンジしたり、見せ方を変えることで意味を持つアプローチが好きなんです。突拍子もないことをやって新しさをアピールするよりも、日本の近代洋菓子の歴史の中で進化のターニングポイントに立っている人にはすごい憧れるし、僕もそうなりたい。例えば、ショートケーキだったら、ただ中身の味を変えていくという楽しみよりも、ショートケーキの構成自体の枠組みを作りたいんですよね。新しい定番になるような、ルールに近いところでものを考えるのが好きですね。仕事でもコンサルティングをやりながら実店舗を持つというこれまであまりなかった流れを作る方が好きだなと改めて思っています。
———オフの時間はどのように過ごされていますか?
結構しっかりオンとオフを切り替えるタイプで、家ではお菓子に関することはほとんど何もしないです。仕事の話もあまりしないし、メールも基本的には見ないようにしています。僕は休みが大好きなんです(笑)。「Equal」のスタッフたちは週休2日制にしています。しかし、家族で過ごしやすいであろう週末のお休みは他のほとんどのお菓子屋さんと同じく現状はありません。なので、ゆくゆくは半シフト制のようにして、週1日は定休日にして従業員みんなで休み、もう1日は代わりばんこにでも週末のお休みが取れて家族や大切な人と過ごす時間を持てるようになるのがひとつの目標です。
———それはやはりフランスで感じられたことですか?
確かにそうですね。向こうでも仕事自体はハードでしたが、お休みがしっかりあるせいか僕の周りではあまり悲観的に働いている人やネガティブな人はいなかった。みんなで一緒に仕事帰りに飲みにいって、休みの日も夕方にカフェでアペリティフ(食前酒)を一杯だけやるためにばらばらと集まって、ばらばらと解散してという感じとか、すごく楽でしたね。気にしなくていいことは気にしなくていいじゃんっていう感覚があったので。
———そういう働き方だからこそ、余計なストレスもなくポジティブに仕事に打ち込めるんですね。
自分がいい状態でいないと、いい仕事もできないし、周りにとってもいい影響にはならないと思います。そういう意味では、ちゃんと休みを休みとして過ごすというのも仕事の一部でもあるし、ちゃんと家族との時間を大切にできることにもなるので意識して心がけていますね。
———後藤さんが一番自分らしいと思うのはどんな瞬間ですか?
やっぱり厨房立っている時かな。中でも、試作とか新しいものを作る時よりも、毎日やらなきゃいけない仕込みをやっている時が一番自分らしいなと思います。
———それは根底にある現場の熱量のようなものに触れているからですか?
集中して、毎日決まって作るものをちょっとでもよくしようと、呼吸しているかのごとく自然に考えながら仕事ができているというのを直に感じられるんですよね。また、ひとりで厨房に立っている時はなんとも思わないんですけど、スタッフがいて、それぞれのポジションが動いている中で自分も動いていて、「次は何をやる?」「じゃあ、これをやります」というようなやりとりも含めて、チームの一員に自分がなれているときが一番自分らしいと思いますね。
———個というよりもチームがあっての自分を認識される感じなんですね。ご自身が思う自分と、外側から見られている自分に違いはあると思いますか?
外から見ている人にとって、僕がやっていることは脈絡がないように見えて、やりたいことやっていていいなって思われるかもしれないんですけど、僕自身は設計者みたいなタイプだと思っていて。枠組みを作ったり、そういうシステムやスタイルを作ったりすることに興味があるので、自分の中ではなんとなく道筋は見えているんです。もちろん、全ての仕事に熱量を出して熱く向き合うようにしているんですけど、もうひとりの自分が俯瞰して道を作っているような不思議な感覚があります。
———ご自身の中では、熱さと冷静さという二つの手綱を引きながらやっていらっしゃる感覚なんですね。後藤さんが感じる自分を弱くさせるものって何かありますか?
基本僕はメンタルが弱いタイプです。人に言われることも気にするし、人の目も気になる。隠しているわけじゃないですけど、それを克服したいなと思って日々鼓舞している感じです。
———弱さがあるからこそ強くあれるということもありますか?
弱さを知っているからこそ、自身の会社を従業員や関係者にとっても充実した場所にしたいと思いますし、出来ると思っています。メンタルの面でも、相手の気持ちをわかってあげられるようになりたい。そういう面では、強過ぎなくてよかったなと自分を肯定していますね。
———チャレンジャーな印象があったので、とても意外でした。最後に、これからの未来に描いているものはありますか?
漠然としていますが、人に喜んでもらえるようになりたい。自分や家族だけではなく、いろんな人に喜んでもらいたい。これまでは、自分にはどんなものが作れるのかとか、職人として表現者として自分がチャレンジすることばかりに目がいっていたのですが、最近では少しずつやりたいことよりも、どうすればみんなに喜んでもらえるかなと考えるようになってきました。人としてもどんどんそういう人間になっていきたいなって思っています。
後藤裕一(ごとう・ゆういち)
1980年、東京都生まれ。東京・四谷のフレンチ「オテル・ドゥ・ミクニ」、新宿「キュイジーヌ[s]ミッシェル・トロワグロ」を経て、フランス「トロワグロ」本店でアジア人初のシェフ・パティシエを務める。帰国後は「Bistro Rojiura」の原太一シェフとともに代々木八幡にレストラン「PATH」をオープン。2019年9月には、テイクアウトのパティスリー「Equal」もオープンした。その傍ら、パティスリー専門コンサルティング会社「Tangentes Inc.」を設立するなど、活動の幅を広げている。
SHOP INFO
住所:東京都渋谷区西原2-26-16 コートオリエール1F 店舗2
営業時間:10:00~17:00(売り切れ次第終了)
定休日:不定期なのでInstagramをご確認ください
Instagram:@equal_pastryshop
Photographer /Eriko Nemoto
Writer /Mikiko Ichitani