Interview
あなたからあなたに
Vol.07片岡千之助
ikawには、フィリピン語で“あなた”という意味があります。肌はあなた自身であり、あなただけのこと。あなたがあなたの味方でいること。あなたがあなたに寄り添ってあげること。
「あなたからあなたに」は、そんなブランド名に込められた“あなた”の物語を聞いてゆくインタビューコンテンツです。
第七回は、上方歌舞伎をルーツに持つ名家・松嶋屋に生まれ、3歳で初舞台に上がってからは歌舞伎役者として精力的に表現を続けてこられた片岡千之助さんが登場。歌舞伎の舞台だけでなく、雑誌やTVなど幅広いフィールドで活躍する一方で、現役大学生としての顔も持つ彼に、舞台に対する想いや普段のご自身のキャラクターについて教えてもらいました。
———3歳で初舞台を踏み、以降片岡千之助という歌舞伎役者としてこれまで精進されてこられましたが、10代の頃など周りと比べて気持ちが揺らぐことはありませんでしたか?
もともと舞台が好きだったので、常に生活の一部として当たり前の感覚でした。小学生の時も、小学校一のメインイベントだった、船で日本を半周するという行事があったのですが、その期間がずっとやりたかった『連獅子』という演目と重なっていたんです。でも、僕は祖父と一緒に『連獅子』を演じたいという夢があったので、迷わずに舞台を選びました。もちろん、大事な試験がある時などは学校を優先するし、友達でいうところの部活感覚なのかなって思います。でも、それを友達に言ったら全然違うって言われましたけど(笑)。
———そのような歌舞伎に対するモチベーションは、お祖父様やお父様のような歌舞伎の世界の周りの方々によって刺激を受けてこられたのですか?
歌舞伎というものをやらせていただくうえで、僕の中では憧れという気持ちがすごい原動力になっているんです。僕の中では、祖父はもちろん、十八代目の故・中村勘三郎さんが特に憧れの存在。子供の時から僕にとってのヒーローみたいな存在だったので、いわゆるウルトラマンや仮面ライダーになりたいというような気持ちがずっと続いているような感覚がありますね。
———千之助さんにとって舞台とはどのような場所ですか?
舞台はオンになれる場所。最近、舞台に文字をつけるとしたらなんだろうって考えていたときに思い浮かんだのは、「楽」という文字だったんです。楽しくもあり、舞台の上では一つのことに集中すればいいし、専念できる。あと、舞台に立つとアドレナリンが出て気持ちが良くなるので文字通り楽になります。例えば、普段は花粉症がひどいのですが、それすらも舞台の上では感じなくなるくらい。
———舞台に上がることで、すっと集中することができるんですね。
お客様の前に立って、照明を浴びるその空間が本当に好きで、仕事してるとか頑張っているという感覚はないんです。頑張ってると思ったら負けだと思うんですよね。頑張ってるって思ったら辛くなっちゃうし。
———代々続いてきた歌舞伎役者というご自身の家系や家柄というものは、片岡さんにとってどういう存在ですか?
歳を重ねるごとに憧れの祖父・片岡仁左衛門という役者に少しでも近づきたいという気持ちから、家を意識することが増えてきたように思います。片岡家というものに対する意識もですし、歌舞伎やお芝居に対する意識も僕の中では繋がっていて、歌舞伎を思っていれば家のことも思うし、家のことを思えば歌舞伎のことも思う。例えば、片岡家というのはもともと京都にルーツを持っていて、関西の上方歌舞伎はお芝居の種類も江戸歌舞伎とは違いますし、セリフにも関西弁があったりと独特な文化があるんです。今は上方歌舞伎を演じる人も減ってきているので、この家に生まれたからこそ上方の型をどんどん次の世代にもつないでいけるようになりたいなと思うこともあります。
———いい意味での責任感だったりとか、自分を強くするものですか?
そうですね、使命感というか。変なプレッシャーで押しつぶされるということはないですが、自分の中で頑張れる一つの要素だと思います。
———舞台や雑誌、テレビなど表舞台に立たれている時と、オフの時の違いについてご自身ではどのように感じていますか?
オフは本当にだらだらしています。自分で何かを変えているような意識はないのですが、お仕事の時は舞台と同じで目の前のことに集中すればいいので、モヤモヤが消えて気持ち的には楽なんです。だからある意味、僕にとっての逃げ場でもあると思います。
———それは長年の鍛錬と経験の賜物ですよね。
それこそオフの時は基本的に集中力がないタイプ。だからついつい色んなことに思考が向いてしまってぼーっとしてしまうんですけど、舞台では役に入り込んだり、表現に対する意識を深めるということに短期集中できる。オンの時はやるし、オフの時はとことんやらない、極端なんです。
———幅広くお仕事をされている中で、ご自身の見せ方はそれぞれの仕事に合わせて意識されますか?
カメラの前に立つ瞬間は舞台に近い感覚かもしれません。逆にこういうお話をさせていただくときはある意味本来の片岡千之助に近いかもしれないです。お芝居や踊りもそうですが、舞台ではその時々で演じる役の概念が上乗せされているので。でも、映画やドラマといった舞台とは違ったお芝居の現場はまだあまり経験がないので、そういう場面ではどういうスイッチが入るのか自分でも気になりますね。
———歌舞伎のライブ感とは違うからこそ刺激も多そうですね。
それは歌舞伎以外のお仕事をさせていただく時にいつも思っています。どんなお仕事でも、どこかで舞台につながるかもしれないという意識を持って臨んでいるので、その度に歌舞伎が自分の中で軸になっているんだなと実感します。歌舞伎を軸に色んな枝葉に広がって、また還元されていく。そのような意識が強いですね。
———片岡千之助として舞台に上がってから18年。現在22歳の千之助さんが思う自分らしさとはどういうところだと思いますか?
のらりくらりしているところ。のらりくらりってなんかのんびりな感じに聞こえるんですけど、やることはやりながらも、全部が全部一点集中しているとそこしか見えなくなっちゃうと思うので、僕はあえて一歩引くようにしています。一歩引いては近づいての繰り返しでバランス感覚をとにかく大事にするようにしています。
———弱さを感じたりする瞬間にも客観的にみている自分を感じますか?
あると思います。反省も自分にとってプラスに受け止められるときに再解釈できたらいいなって思っていて、失敗に思えることもできるだけプラスに変えていきたい。そもそも失敗という言葉があまり好きではなくって、何かを成功させたり、やりたいことをやる上で礎になるものだと思うので、たとえ何かをやらかしたとしてもちょっとすればケ・セラ・セラというように、いつも通りヘラヘラしています。
———楽観的なタイプですか?
基本的にすごく楽観的。俺ならできるとか、なるようになると言い聞かせて生きています。仮にどちらにしようかなって悩んだとしても、「今の気分はこっちだから、こっち」というような感じで、その時の気分がそう思うなら、今がそのタイミングなんだろうなって思うようにしています。
———ちなみに、ご自身の中で弱さを感じるのはどういう時ですか?
色々とやらなくてはいけないことが溜まっている時とかは、集中できなかったり、イライラしてしまうこともあります。最近、天気や自然環境が身体に影響を与えることを体感した出来事がありました。その日は一日中集中できなくて、胸がざわざわして変なイライラが続いていたんです。なんだろうと思っていたら、その日の夜中に大きい地震が来てびっくりしました。後から思い出したんですけど、前に海老蔵お兄さんが同じように変な地震が来るときはいつも気持ちが悪くなるとおっしゃっていて、僕もそうなのかもって思いました。
———舞台の上で感覚を研ぎ澄ます経験を積まれてきたからこそ、人よりも変化に敏感に反応してしまうのかもしれませんね。
ある意味いい兆候なのかなって前向きに捉えています。アンテナの受信力が強いというか。そういった感覚は、芸術作品を観に行くときや違うお芝居を観るときでも大事にしたいと思っているので嬉しくもあります。ただ、さすがに地震はちょっと怖いなとも思いました。
———ご自身が心身ともにコンディションを整えるためにやっていることはありますか?
友達に会ったり、楽しくお酒を飲むこと。あとは、家にいたら映画見るとか、友達と通信ゲームするとか全然特別じゃなくていいんです。あと、僕はサッカーが大好きなので、試合を観たり、友達とボールを蹴りに行ったりすることで、ストレス発散や気持ちの切り替えになっています。
———仲のいい友達と一緒にいるときの千之助さんはどのような感じですか?
僕は親しい人ほど甘えてしまうので、口数は少ないかもしれません。久しぶりに会う友達とは、「最近どう?」というような会話もしますが、仲がいい友達とは特別な会話はせずに阿吽の呼吸のような雰囲気になっている気がします。
———日常の中で幸せな瞬間ってどういう時ですか?
舞台が終わった後に、「終わったー!」という達成感とともに好きな映画を観に行ったり、好きなご飯を食べに行くような時間があるとすごい幸せを感じますね。さらに、それを仲のいい友達と一緒にできたら最高です。
———ちなみに、舞台期間中はずっと集中しているタイプですか?
僕は本当に楽屋に入るまでしていないです。楽屋に入って、顔をしながら「あー今日もやるか」みたいな感じです。
———だんだん集中力が高まっていく感じですか?
僕はずっと集中力を持続させることができない人間なので、飛行機のようにだんだんと離陸していく感覚です。本番で100%以上に持っていくためには、稽古期間でも最初から100%にはいけないし、いかないようにしているんです。最初から頑張りすぎたらオーバーヒートしちゃうので。ギリギリまでうまく上げ下げしてバランスを整えて、本番になったら100%か、120%か200%か分からないですけど、力が出るので。そこは本番の自分に甘えています。「あとは任せた」みたいな感じで。
———これまでの経験からうまく匙加減を調整されているんですね。小さい頃から舞台化粧が身近にあったと思うのですが、スキンケアで気をつけていることはありますか?
終わったらしっかり落とすということ。あとは洗顔の時は擦らないとか、化粧水や乳液といった基本的な保湿をちゃんと行うというくらいですかね。あとはビタミンとか内側の栄養や睡眠、水分補給など生活リズムも意識するようにしています。
———基本的なことを大切にされているんですね。それにしても、肌がお綺麗ですよね。
慣れもあると思っていて、18年以上続けているので肌も強くなってきていると思います。最初にお相撲さんの髪を結うときに使う、鬢付け油を顔に塗って化粧ノリをよくしてから白粉を塗って、仕上げていきます。結構厚塗りにするので、あの化粧を突然やったらみんな肌荒れすると思います。
———最後に、今の夢やこれからやりたいことはなんですか?
何歳までにこれというものは特にないのですが、表現という意味で色んなことをしてみたいし、表舞台だけでなく裏に回ることもしてみたい、あと人を育てることもしてみたいと思っています。歌舞伎役者だから歌舞伎だけをやっていくというような型にはまるのではなく、色々やってみたいです。
———やはり色々な経験をして歌舞伎に還元させていきたいという気持ちですか?
そうですね。あとはオペラ座で歌舞伎をやってみたい。色々な国で色んな人に観ていただいて、歌舞伎の知識があろうとなかろうと、少しでも観てくださった方の心に何かを残せたり、喜んでいただけるような表現をできるような役者でありたいと思っています。
———そこには憧れのお祖父様や勘三郎さんの影響もあるのでしょうか?
生前の勘三郎さんはそれこそ世界各地で公演を行ってこられて、僕が歌舞伎役者だからとかは関係なく感動したり、憧れる気持ちが強くある一方、祖父は歌舞伎に集中してきたタイプで、歌舞伎=人生というような人。その気持ちは僕の中にも確かにあって、だからこそ一歩引いている自分がいるのかもしれません。
———どちらにもいけるからこそ、柔軟さを大事にされているんですね。
好きなものこそ近すぎると見える角度は限られてしまうじゃないですか。でも、一歩離れるだけで色んな角度から見ることができる。僕はこれからも色々なものを見たいし、知りたいからこそその意識を常に強く持つようにしています。
片岡千之助 / 歌舞伎役者
2000年、東京生まれ。屋号は松嶋屋。2004年、歌舞伎座にて4歳で初舞台。以後、数々の舞台を踏みながら2012年、12歳最年少で自主公演「千之会」を主催するなど芸事への研鑽を積んでいる。2017年にはペニンシュラ・パリにて歌舞伎舞踊を披露するなど、多岐にわたって活躍。2020年秋〈パシャ ドゥ カルティエ〉のアチーバー就任でも話題に。現在、青山学院大学在学中。
Instagram:@sennosuke.official
Photographer /Takahiro Otsuji
Hair&Make up / Rei Fukuoka
Writer /Mikiko Ichitani