Interview

あなたからあなたに - 坂本美雨

あなたからあなたに

Vol.05坂本美雨

ikawには、フィリピン語で“あなた”という意味があります。肌はあなた自身であり、あなただけのこと。あなたがあなたの味方でいること。あなたがあなたに寄り添ってあげること。



「あなたからあなたに」は、そんなブランド名に込められた“あなた”の物語を聞いてゆくインタビューコンテンツです。



第五回は、16歳から音楽活動を始め、来年25周年を迎えるミュージシャンの坂本美雨さんが登場。表現者として、ひとりの女性としてインプットとアウトプットを繰り返してきた彼女が、これまでの活動を振り返り、いま改めて思うことや、日常の中で大切にしていることについて教えてもらいました。

———まずはじめに、お仕事として音楽を始められた経緯について教えてください。

16歳のとき、教授(父・坂本龍一の愛称)のライブの打ち上げで華原朋美さんの「I’m proud」をスタッフさんたちの前で歌ったんです。教授はいなかったのですが、そのときのわたしの声をマネージャーさんが記憶してくれていたのがきっかけ。その後、教授のプロジェクトで性別も年齢も不詳のアノニマスなボーカルを探していて、マネージャーさんが私を推薦してくださったことから、スタジオで歌ってみたところ、楽曲のイメージに合っていたということで、Ryuichi Sakamoto featuring Sister M名義で、この企画だけ、というつもりでシングル「The Other Side of Love」を歌うことになりました。

———美雨さんご自身は歌のお仕事をしたいと思っていたのですか?

歌はずっと好きだったのですが、両親がともに音楽家という環境にいると、本当に才能があって、チャンスにも恵まれて、いろんな要素が揃わないとミュージシャンとして生きていくのは難しいということは子供の頃から十分に理解していました。そんな才能が自分にあるとは思っていなかったし、やりたいなんて言えなかったです。でも、この作品のレコーディングをしたことで、「やっぱりわたしは音楽がやりたかったんだ」と熱がブワーッと吹き出して、両親に初めて音楽をやりたいということを告白しました。

———自分の中で不安になっていた部分が、一度解放されたことで、やりたいという欲求や歌いたいものが溢れてきた感覚ですか?

そうですね。でも、最初はプロジェクト的に動き出したということもあり、教授プロデュースのもと、方向性なども教授の世界観が色濃いなかで活動していました。もともとわたしも教授の音楽が好きで、そこが心地よかったということもあって、当時は歌うことと歌詞を書くことだけに精一杯。そこから自分の音楽性とか、ライブでパフォーマンスをしたり、表現力という部分に関しては十数年かけてちょっとずつ模索していった感じです。

———ご自身の世界観というものはどのように形成されていったのでしょうか?

1stアルバムに関連したさまざまな活動が終わってひと段落ついた頃に突然、「あとは自分でやってね」と放牧されました(笑)。日本で活動することは決めていたので、ひとまず東京にきたものの、保護者もいない、友達も少ない、事務所もなく、という感じ(笑)。家の借り方から光熱費の払い方すらも分からない状態だったので、最初の頃は親の仕事仲間の方達が保護者のような立場となっていただき、なんとか日本での生活をスタートしました。そこからちょっとずつ、東京に友達や音楽仲間と呼べる人たちがじわじわ増えていって……という感じで、今思えば音楽的成長と人としての成長が同時に行われていったような気がします。

———人との関わりの中で多角的に成長を実感されたのですね。

自分の音楽仲間を見つけるというのは、すごく大事だったんだなと改めて思います。坂本龍一だとか矢野顕子だというものをおいて、わたしと一緒に音楽をやってくれる人たちがだんだん見つかってきて……そうするともっと対等にこういう音楽やろうよとか、こういう曲作ったんだと言えたり、プレッシャーなく話せるので、まただんだんとわたしが解放されてゆくのを感じました。その後にはレーベルの移籍などもあり、アルバムごとに違うプロデューサーの方と一緒に音楽を作っていくなかで、少しずつ新しい引き出しを開いてもらったりしながら、すごく模索をした20代を過ごしていましたね。

———ご両親があえて放牧された部分もあると思いますか?

きっとそうだと思います。仕事として音楽をやることに対して反対していました。甘いものじゃないよというのは最初から言われていたけれど、教授としても自分が引き込んでしまったという責任を感じて、1枚目はプロデュースしたけれど、あとは自分でやりなさい、という感じだったのかなと思います。

———Sister M名義でのデビューから数えると来年で25周年を迎える美雨さん。その間にライフステージも変わっていかれたと思うのですが、それらの変化に伴ってクリエイティブや考え方にも変化はありましたか?

実体験をストレートに歌詞にして歌うタイプではありませんが、その時の生き方や気持ちがアルバム全体のコンセプトには大きく影響しています。喜びも悲しみも作品に投影させてきたんだと思います。

娘が生まれてからは、ホルモンの影響からかそれまであった自分の言葉で自分の歌を歌いたいという情熱がスッと消えて、長く歌われてきた童謡や、世界中の親たちが歌ってきたであろう子守唄といった普遍的な歌の「母なる大河の一滴になりたい」と強く思うようになりました。自分が歌手だから特別に歌っているわけじゃない!というのをすごく感じたんです。歌というのは、呼吸にちょっとした筋肉の運動が加わって、声になって、それをさらに呼吸で圧をかけると歌になる。だから、誰でもできることでたまたまわたしは仕事にしてるけれども、歌手だけが歌うんじゃないぞというのをすごく思って。そんな、「みんなも毎日の中で、歌おうよ」という気持ちを込めて、聖歌隊と一緒に『Sing with me』という作品を2枚作りました。産後しばらくはその気持ちでいたのですが、娘が1歳半くらいで授乳のピークが終わったと同時にふと、「あ、終わった何かが」と明確にスイッチが切り替わる日があったんです。また自分の歌を作りたいって思って。ホルモンとはすごいものだ……と驚きました(笑)。そこからだんだんと次に作る作品のイメージを膨らませていったんですけど、タイミングや出会いとかが定まらず、子育てに忙しくしていたら何年か経ってしまって、今回の『bird’s fly』というアルバムに至りました。

———常にライフスタイルに合わせて、音楽との向き合い方も変化されてこられたんですね。ご自身のなかで改めてこれからもずっと軸にしていきたいなという部分は何かありますか?

今回のアルバムで大事にしたかったのは、自分の一番深いところにいる小さい女の子の部分を救い出すということ。少し動物的な本能に近い部分もありますが、“インナーチャイルド” という言葉が近いかもしれません。それらは誰しもが自分の内側に閉じ込めてきたり、成長するなかで傷つけてしまったりしたことがあると思うのですが、わたしの場合は娘を育てる中で、だんだんと自分の中にいる小さい女の子も表に出てきた気がします。この子が何を好きなのか、何を求めているのか、どこにいきたいのかというのをすごく大事にしてあげないといけないなと思って、これからはそうやって生きていこうと思うようになりました。

———それはお子さんが生まれたことが大きいのでしょうか?

そうですね。娘と接するなかで、わたしの無邪気な部分を引き出してくれるのを日々感じていて、娘を通して小さい頃のことを思い出させてくれたり、こんなに小さい子なのに「赦されてる、今」と感じさせてくれたり、不思議な存在です。

———娘さんも含めて、身近な人たちとコミュニケーションをとっていく中で大切にしていることはありますか?

愛情表現をストレートにすることです。好きな気持ちは最大限ちゃんと伝えることは躊躇わないようにしています。

———それはご両親の影響もありますか?

愛情はもちろん感じるけれど、あえてストレートに愛情を表現するということは少なかったように思うので、反面教師的に自分がされたかったことを周りの人たちに対して行っている部分があると思います。特に娘には過剰で、「今日も最高に可愛い〜」とか「大好きだよ〜」といったことを毎日言っているので、一つ一つの言葉の価値はすごく軽くなっているかもしれないんですけど(笑)。友達にも「気にかけているよ」と声をかけたり、花を贈ったりと、何かをしたいなと思ったらすぐにしたいタイプです。

———外側から見える自分と内側の自分との違いなどで思うことはありますか?

外側からはふわっとして柔らかい印象に見えることが多いと思うのですが、中身はすごいメラメラ燃えています。情熱的だし、正義感も強い。正義感の強さに関してもいいところも悪いところもあって、怒りっぽいこともあるかもしれません。とにかくメラメラしているので(笑)。

———社会問題や未来のお話などをSNSを通して言葉にされている姿から、正義のためにメラメラとされている姿は想像できます。

この社会で間違ってるとか、これはおかしいと思うところは言わないと気が済まないし、自分にできることがあるんだったらなんでもやりたいと思っています。

———そのような正義感は小さい頃からですか?

小さい頃はもう少しクールだったかもしれません。クールというか、カッコつけて俯瞰していたかな。大人になってゆく過程で、さまざまな世の中の理不尽さを自分が直接受けたりするうちに、メラメラと戦わなきゃという気持ちが出てきたんです。さらに娘が生まれたことで、娘をこの世界に残して行くのかと思うと時間がない!なんとかしなきゃ!と強く思うようになりました。

———思い立ついろんな瞬間の中で、美雨さんを弱くさせるものや強くさせるものはなんですか?

娘が一番。あとは、猫。動物全般です。ふにゃふにゃにさせてくれます。娘も猫も。

———ご自身が弱っているときに娘さんと接する時は、そのままの姿で接していますか?

そうですね。どーんと安定した母でいてあげたい気持ちもあるんですけど、やっぱり本当の自分を見せてしまいますね。そんな母をよく包み込んでくれています(笑)。でも、娘に対して弱い自分を見せるということは、わたしが甘えたいと思うのと同時に、大人でも親でも弱いところや間違っているところもあるから、あなたも同じように見せてもいいし、わたしに見せられなかったら、見せられる人を見つけてどんどん甘えなさいね、というメッセージでもある…つもりです。そこを隠したり取り繕ったりする必要は全然ないので、娘にも弱さを人に見せられるようになって欲しいなと思います。

———母として、音楽家として忙しい日々を送るなかで、心身ともに健康に過ごすために意識されていることはありますか?

腸内環境を整えることは意識しています。ご飯もちゃんと食べるし、乳酸菌も飲むし、お味噌とかの発酵食品もたくさん摂る。そういう毎日身体に取り入れるものには気を遣っていますね。楽器と違って、身体が資本だなというのはずっと思っていて、この先も何十年と歌い続けていくためにもある程度筋肉をつけておかないとと思って運動をしたり、インナーマッスルを鍛える呼吸法を取り入れたり。特別なことはしていませんが、毎日のちょっとした習慣を気をつけています。

———肌のためにもこれだけは欠かせないというものはありますか?

実はずっとikawを使っています。オイルももう何本もリピートしていて、これまでは大人ニキビなどさまざまな肌トラブルがあったのですが、最近はずっと安定しています。娘も夫もアレルギー体質で、小さな頃からアトピーや湿疹で悩んでいたのですが、最終的にわたしと同じikawに辿り着きました。家族全員で使えるのもいいですよね。

———一日のなかで一番好きな時間というのは、どういう瞬間ですか?

とにかくコーヒーを飲むのが好きで、朝にコーヒー淹れて飲むのとか、仕事の合間にちょっとコーヒータイムをするのは本当に好きですね。最近は娘と一緒に朝ドラを観るようにしていて、その15分の間は座ってコーヒーを飲みながらテレビを観るというのがルーティンになっています。

———美雨さんが思う心地よい人や好きだなと思う人はどんな人ですか?

思慮深い人。相手のためを思って色々と想像力を働かせて、なにをどのタイミングで言ったり、やったりするかというのを見極められる人。これは思いやりにも通じますね。思いやりって本当に想像力を働かせて頭をフル回転させることだと思っていて、言動以上のことをわたしに対していっぱい考えてくれたんだろうなというのを感じることができる人と一緒にいると本当に大きな愛に包まれている感じがするし、わたしもそれができる人になりたいといつも思っています。

坂本美雨 / シンガー・ソングライター

1980年生まれ。父・坂本龍一、母・矢野顕子。9歳でNYへ移住。16歳で「Ryuichi Sakamoto feat. Sister M」名義で歌手デビュー。以降、本名で本格的に歌手活動をスタート。音楽活動に加え、執筆活動、ナレーション、演劇など表現の幅を広げ、ラジオではTOKYO FM他全国ネットの「ディアフレンズ」のパーソナリティを2011年より担当。村上春樹さんのラジオ番組「村上RADIO」でもDJを務める。ユニット「おお雨(おおはた雄一+坂本美雨)」としても活動。2020年、森山開次演出舞台『星の王子さま-サン=テグジュペリからの手紙』に出演。2021年、ニューアルバム『birds fly』をリリース。動物愛護活動をライフワークとし、著書「ネコの吸い方」や、愛猫“サバ美”が話題となるなど、“ネコの人”としても知られる。児童虐待を減らすための「こどものいのちはこどものもの」の発起人の一人でもある。2015年に長女を出産。猫と娘との暮らしも日々綴っている。

Instagram:@miu_sakamoto

Photographer /Michi Nakano
Writer /Mikiko Ichitani

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